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公麿は父が失踪し母が亡くなって以来自分を育ててくれた協子叔母さんを訪ねる。そこで見つけた父親の日記の中にはある衝撃的な事実が記されていた。一方、金融街を調査している金髪の一人の女・サトウ、彼女の言う金融街を掌握しつつある男・三國壮一郎。金融街という絶対的な状況に、公麿は選択を迫られていた。
 

「金を稼げ。それを何かのために使え。君が金を使えば誰かを潤す。貯め込んでいれば幸せなのは君だけだ。ささやかな幸せは君を幸せにしても、周りに大きな幸せをふりまくことはできない」

壮一郎が公麿に語ったセリフだ。東日本大震災を経験した私たちだからこそ、このセリフの持つ重みが心に響く。「過度の自粛はかえって被災地の復旧・復興にマイナス」と、多くの識者が指摘している。私自身も「景気浮揚」という大義名分で家人を煙に巻き、ここぞとばかり趣味の鉄道グッズに金をつぎ込んでいる。

もっとも私のような蓄えの少ない者がなけなしの貯金を下ろして、わずかばかり消費を増やしたところで、景気にとっては焼け石に水かもしれない。では、平均的な日本人はどのくらいお金を持っているのだろう。

日本人の個人金融資産は1439兆円。国民1人当たりの平均額に直すと1100万円という計算になるが、ちょっと多すぎるように思える。そこで、「家計の金融行動に関する世論調査」(金融広報中央委員会)を見ると、平均値よりも実態に近いと思われる中央値(※)は150万円にすぎない。ここから消費を増やすといっても限界がある。

平均額1100万円と中央値150万円の数字の開きは、高額の金融資産を保有する一部の富裕層が平均額を引き上げているということを意味している。普通の人だけでなく、こうした富裕層が日本国内で高額の消費や投資をするようになれば、景気に大きくプラスになるのは間違いない。

だが、そうなっていないのはなぜだろう。その理由は、彼らが日本の未来に不安を抱いているからかもしれない。消費や投資よりも金融資産として保有しているほうが得策だと判断しているのだろうか。だとしたら、確かにそんな国に明るい未来はなさそうだ。

※中央値:調査対象者の個人金融資産保有額を順に並べたとき、ちょうど真ん中に位置する保有額。一部の富裕層の数字は中央値には影響しない。